「紹興酒」で知られる浙江省紹興市も支那事変中は日本の占領下にあった。
同地にいた憲兵分隊の隊員が出した軍事郵便はがき。

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無題
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差出人・田村氏は「憲兵紹興隊」の所属。
「〇〇憲兵分隊」所属の場合、軍事郵便のアドレスには「憲兵〇〇隊」と書く規則になっていたそうだから、田村氏は中支那派遣憲兵隊隷下の「紹興憲兵分隊」に所属する憲兵だったようだ。

日付は「3月21日」で、年は書かれていないが「世は大東亜聖戦」とあるので
緒戦の「昭和17年」頃に書かれた葉書ではないかと察する。


>「江南の広野は今春霞にて遠く敵陣も春の夢か不気味に静です」
この手紙は書かれたとみられる昭和17年3月ごろは確かに動きがなかった。
だが翌月の4月18日、日本本土初空襲を行ったドゥーリトル爆撃隊の数機が浙江省の飛行場に不時着、これらの飛行場を覆滅を目的として、5月からこの期における最大規模の作戦となる浙贛作戦が始まる

>「世は大東亜聖戦の巻漸次重慶政権も日夕の沈むが如く影薄く
  もう近き将来に於て無くなることと確信致します」
戦勝気分をうかがわせる記述。現実にはそうはならなかったが、敗戦後の国共内戦で重慶政権は台湾に引き上げてしまったので予言していたといえば言えるのかもしれない。


この葉書はアルバムに貼られていたようで、剥がれた跡の文字が読めないのが残念だ。