「郷土部隊」と呼ばれるように、日本陸軍は本籍地主義をとっていたので
特定の地域出身者で一つの部隊が形成されることが多かったのは周知のとおり。
戦争末期に北支からレイテ・ルソン島の戦いに投入された26師団(泉兵団)には、
東海圏(愛知、岐阜、静岡)出身者が多かった。
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無題
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このはがきの差出人は「北支派遣泉5314部隊」の山野氏。
「泉5314部隊」とは26師団の「独立歩兵第11連隊」を指す。

この連隊は昭和10年に満州国熱河省で創設。
支那事変後に26師団として編成され、山西省北部、内蒙古の作戦・警備にあたったのち
昭和19年8月に比島戦線に投入。主力はルソン島、第2大隊はレイテ島でそれぞれ戦った。
察する通り生存者は、少ない。

この手紙は北支から出されたている。年は書かれていないが9月のお彼岸の時期に書かれたらしい。
たぶん昭和17年か18年と推定。

>「トノキビも房々と実って居ます」
「トノキビ」とは岐阜で「トウモロコシ」を指す言葉だそうだ。
このはがきは愛知県の人に宛てられているが、この連隊は愛知県出身者が多く、部隊の慰霊碑も愛知県にある。愛知でも「トノキビ」を使う地域があるのかもしれない。